大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)267号 判決

イタリア国41012 カルピ コルゾ・ローマ 32

原告

カドツシ ルツジエロ

イタリア国41012 カルピ コルゾ・ローマ 32

原告

マラツツイ ドナータ

同訴訟代理人弁理士

田中浩

荘司正明

木村正俊

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

田中穣治

及川泰嘉

関口博

主文

特許庁が平成4年審判第20569号事件について平成6年7月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文と同旨の判決

2  被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和59年6月1日、名称を「振動する電磁界によって生体組織および/または細胞を処置するための装置」(ただし、平成4年12月2日付け手続補正により、「振動する電磁界によって生体骨組織を処置するための装置」と変更)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、イタリア国における1983年6月2日付け特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(特願昭59-113767号)をしたが、平成4年7月8日拒絶査定を受けたので、同年11月2日に審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第20569号事件として審理した結果、平成6年7月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年8月3日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

少なくとも1個のインダクタと、該インダクタが交番して振動するパルス状電磁界を発生するような態様で上記インダクタに信号を供給するための少なくとも1個の矩形波信号発生回路とからなり、

上記電磁界は、生体骨組織中に、第1の部分と第2の部分と第3の部分とが時間的にこの順序で現われ、上記第1の部分が正側のピーク値を示す正部分と、負側のピーク値を示し、上記正部分の第3の部分の延長線を構成する部分と、基準値零に向かって指数関数的に延びる領域とからなる負部分とを有するパルス状電気信号を誘導させ、上記電気信号の正部分の持続時間は1乃至3ミリ秒に定められており、上記パルス状電気信号を表わす波形の正部分のピーク値の絶対値は負部分のピーク値の絶対値より大であり、さらに上記パルス状電気信号のくり返し周波数は50Hz以上であり、これによって上記生体骨組織の生成領域中に外仮骨を形成させることを特徴とする、振動する電磁界によって生体骨組織を処置するための装置。(パルス状電気信号の波形について、別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  特開昭57-31873号公報(本訴における甲第7号証。昭和57年2月20日出願公開。以下「引用例」という。)には、生体の組織及び/又は細胞の電磁的治療装置について記載され、その具体例として、パルス発生回路によってパルスを発生させる(4頁左上欄17行~右上欄6行参照)こと、第5a図(別紙図面2参照)が示され、同図の説明として、各パルスは、コイル内に蓄積される電気エネルギのために“正”パルス部P1とこれに続く“負”パルス部P2とからなっている(4頁右上欄15~18行参照)こと、各“正”パルス部分第5a図に示したセグメント39、40および41のような少なくとも3つのセグメントからなるものでなければならない(5頁右下欄13~16行参照)こと、各“正”パルス部の時間間隔(第5a図の時間t1とt2の間に経過する時間)は、少なくとも約200マイクロ秒である(6頁右上欄末行~左下欄3行参照)こと、骨組織や他の硬組織に対してパルスのくり返し比が約65ないし75Hzの間にあることが望ましい(6頁左下欄8~11行参照)こと、及び骨折部を有する骨を持つ人間の脚は治療のため骨の生成が促進される(3頁右下欄8~10行参照)ことが記載されている。

即ち、引用例には、パルス信号発生回路からのパルス信号が“正”パルス部分と“負”パルス部分とを含み、該“正”パルス部分が少なくとも3つのセグメントからなり、各“正”パルス部の時間間隔が少なくとも約200マイクロ秒であり、パルスのくり返し比が約65ないし75Hzの範囲のパルス波を骨組織に作用させることによって、骨折部の治療のための骨の生成などの生体組織及び細胞の再生を行う電磁的治療装置が記載されている。

(3)  本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の発明の「パルス信号発生回路」、「3つのセグメント」は、本願発明の「矩形波信号発生回路」、「第1の部分と第2の部分と第3の部分」に相当し、引用例記載の発明においても正側のピーク値を示す正部分と、負側のピーク値を示し基準値零に向かって指数関数的に延びる領域とからなる負部分とを有し、正部分のピーク値の絶対値は負部分のピーク値の絶対値より大であることは、図面からも明らかであるから、結局、両者は、

1 正部分の持続時間について、本願発明では1乃至3ミリ秒としているのに対して、引用例記載の発明では少なくとも約200マイクロ秒としている点、

2 パルス波を作用させた効果について、本願発明では生体骨組織の生成領域中に外仮骨を形成させるのに対して、引用例記載の発明では治療のため骨の生長が促進されるとしている点、

でのみ相違し、その余の点においては一致している。

(4)  まず、相違点1について検討する。

正部分の持続時間については、引用例記載の発明では少なくとも約200マイクロ秒としているが、これは換言すれば、0.2ミリ秒以上ということである。

かかる示唆に基づいて正部分の持続時間の最適条件を見いだすことは当業者が通常行うことであり、この意味で1乃至3ミリ秒の範囲とすることは当業者が容易に求めうる程度のことと認められる。

(5)  次に、相違点2について検討する。

生体骨組織にパルス波を作用させた効果については、引用例記載の発明では骨の生長が促進されるとしているに止まり、外仮骨が形成されるか否かについては言及されていないが、引用例記載の発明に骨の生長を促すということ自体が、引用例記載の発明においても生体骨組織にパルス波を作用させた際、骨折接合部分外側に骨組織が生長することをも含むものと認められ、この生長した骨組織が外仮骨であることを認識することは当業者にとって容易なことと認められる。

(6)  そして、本願発明の効果によってもたらされる効果も前記引用例記載の発明から当業者であれば予測することができる程度のものであって格別のものとはいえない。

(7)  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。

同(4)のうち、正部分の持続時間については、引用例記載の発明では少なくとも約200マイクロ秒としているが、これは換言すれば、0.2ミリ秒以上ということであることは認め、その余は争う。

同(5)のうち、引用例記載の発明に骨の生長を促すということ自体が、引用例記載の発明においても生体骨組織にパルス波を作用させた際、骨折接合部分外側に骨組織が生長することをも含むものと認められることは認め、その余は争う。

同(6)、(7)は争う。

審決は、引用例の記載内容を誤認した結果、相違点についての判断及び効果についての判断を誤り、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)

審決は、引用例記載の発明が示唆する0.2ミリ秒以上という正部分の持続時間に基づいて正部分の持続時間の最適条件を見いだすことは当業者が通常行うことであり、この意味で1ないし3ミリ秒の範囲とすることは当業者が容易に求めうる程度のことであると判断するが、誤りである。

〈1〉 骨折の治癒経過は、第1段階である仮骨生成過程と、第2段階であるカルシウム成分の沈殿による仮骨から真正の骨への移行過程とに分けられる。

本願発明は、真正の骨組織生成による治療の前提となる第1段階の仮骨生成を促進することを目的としている。

これに対し、引用例には、第1段階である仮骨生成の促進を目的とするモード2のパルス状電気信号と、第2段階である仮骨から真正の骨への移行を目的とするモード1のパルス状電気信号の両方について記述されている。

審決が引用例に0.2ミリ秒以上の正部分の持続時間が記載されているとして引用する箇所は、モード1のパルス状電気信号に関する部分であり、この部分は、第2段階を対象とするもので、第1段階の仮骨生成を対象にしたものではない。

〈2〉 次に、引用例が引用する信号の正部分の時間幅についての記述は、審決が指摘する「少なくとも約200マイクロ秒」だけにとどまらず、「モード1におけるこの周波数は、20~30%のデューテイサイクルにおいて通常約10~100Hzである。」(甲第7号証5頁右下欄6行ないし9行)、「各“正”パルス部の時間間隔(第5a図において時間t1とt2の間に経過する時間)は、引き続く“負”パルス部の時間間隔(第5a図において時間t2とt3との間に経過する時間)の約1/9より長くなってはならない。」(同6頁左上欄10行ないし15行)、「各“正”パルス部の時間間隔(第5a図の時間t1とt2の間に経過する時間)は、少なくとも約200マイクロ秒である。」(同6頁右上欄20行ないし左下欄3行)、「実用上の観点から、“正”パルス部はおよそ1ミリ秒より長く持続してはいけない。」(同6頁左下欄6行ないし8行)、「骨組織や他の硬組織に対してパルスのくり返し比が約65ないし75Hzの範囲内でなければならないことも見出された。」(同6頁左下欄8行ないし11行)、「組織及び細胞に良い結果をもたらすためには、一般にパルスくり返し比は、約10なしい100Hzの間にあることが望ましい。」(同6頁左下欄14行ないし16行)、「・・・最適誘導“正”パルス信号部であって、各“正”パルス部が約300マイクロ秒(ミリ秒は誤記と思われる。)持続し、パルス繰返し比が約72Hzのものが、・・・本発明における最適誘導パルス処置として好ましい。」(同6頁左下欄20行ないし右下欄5行)と記載されている。

これらの記載によれば、引用例の発明者は、まず最適条件と推奨範囲とを探し、次にその処置効果の減少の状況からその処置効果が得られる限界を1ミリ秒と規定したものと認められる。

〈3〉 以上によれば、本願発明は、引用例のモード1の信号の推奨条件で得ている治療効果とは異なる治療効果を、この推奨条件から大きく離れた条件下で得ているのであるから、本願発明における信号の正部分の持続時間である1ないし3ミリ秒は、引用例から容易に想到できるものでないことは明らかである。

〈4〉 被告は、引用例のモード1における波形の正パルス部の時間間隔を約0.2~3ミリ秒と算出しているが、引用例における正パルス部の時間間隔は、記載されている条件を総合して判断すべきところ、「“正”パルス部はおよそ1ミリ秒より長く持続してはいけない。」との記載を考慮に入れると、引用例のモード1における正パルス部の時間間隔は約0.2~1ミリ秒となる。

また、被告は、引用例のモード1についての偽関節、骨折などの骨損傷の語意を広義に捉えて、その治療効果を本願発明と同一と主張するが、骨損傷の治癒過程は前記のとおりであり、引用例のモード1と本願発明の治療効果が同一であるとすることはできない。

(2)  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)

審決は、「引用例記載の発明では骨の生長が促進されるとしているに止まり、外仮骨が形成されるか否かについては言及されていない」、「この生長した骨組織が外仮骨であることを認識することは当業者にとって容易なことと認められる」と判断するが、誤りである。

前記(1)で述べたとおり、引用例では、信号をモード1とモード2に分け、モード1は仮骨から真正の骨組織への移行を促進し、モード2は仮骨の生成を促進するものであることが、当業者が十分理解できる程度に示されている。

また、引用例には、モード1の信号により骨組織が生長することが記載されているが、これは骨組織そのものであって、本願発明でいう仮骨のことではない。

(3)  取消事由3(効果についての判断の誤り)

審決は、「本願発明の構成によってもたらされる効果も前記引用例記載の発明から当業者であれば予測することができる程度のものであって格別のものとはいえない」と判断するが、誤りである。

引用例に示されたモード1の信号は、既にできあがっている仮骨などが真正の骨組織へ移行するのを促進させるためのものであるから、これから本願発明の効果である仮骨の生成を促進させることを予測することは、何人も不可能である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 引用例のモード1(第5a図)の示すパルス信号は、本願発明の振動する電磁界によって生体骨組織を処置するための装置におけるパルス状電気信号と、まず、波形でもって同じである。そして、その波形を形成する数値条件に関して、波形の正部分と負部分のピーク値の絶対値の関係、くり返し周波数に格別の差異がみられないばかりでなく、上記モード1(第5a図)の示すパルス信号の“正”パルス部の時間間隔についても、「少なくとも約200マイクロ秒である」(甲第7号証6頁左下欄2行、3行)と記載されているが、さらに、「20~30%のデューテイサイクルにおいて通常約10~100Hzである。」(同5頁右下欄7行ないし9行)、すなわち、パルス部は、時間に換算して通常約2~30ミリ秒との開示がある。また、「各“正”パルス部の時間間隔(第5a図において時間t1とt2の間に経過する時間)は、引き続く“負”パルス部の時間間隔(第5a図において時間t2とt3の間に経過する時間)の約1/9より長くなってはならない。」(同6頁左上欄10行ないし15行)との記載、「各“正”パルス部が約300マイクロ秒持続し、パルス繰返し比が約72Hzのもの」(同6頁右下欄1行、2行)の例に相当する第5a図(別紙図面2参照)とを照らし合わせると、パルス部は“正”パルス部t1~t2そのものではなく“負”パルス部t2~t3を含めたt1~t3の幅を指すものと解されるから、上記約2~30ミリ秒はt1~t3の時間間隔で、この時間間隔の約1/10すなわち約0.2~3.0ミリ秒が正部分t1~t2の持続時間となり、本願発明の正部分の持続時間1ないし3ミリ秒は引用例のその持続時間の範囲内に属する。

「実用上の観点から、“正”パルス部はおよそ1ミリ秒より長く持続してはいけない。」(同6頁左下欄6行ないし8行)との記載も存するとしても、この1ミリ秒もいうまでもなく本願発明の正部分持続時間と完全に一致するところである。

〈2〉 また、引用例のモード1による生体骨組織を処置する装置の生体骨組織の処置には、偽関節、骨折など骨損傷の癒着治癒が挙がっている(同3頁右下欄7行ないし10行、6頁左下欄17行、18行、実施例)が、本願発明の生体組織を処置するための装置も、そのような生体骨組織を処置するにほかならないことは、本願の明細書及び図面(甲第2ないし算6号証。以下「本願明細書」という。)中の記載(甲第2号証3頁13行ないし5頁9行、甲第4号証2頁4行ないし6行、甲第6号証2頁14行ないし17行)に徴し明らかである。

そうとすれば、本願発明の振動する電磁界によって生体骨組織を処置するための装置におけるパルス状電気信号が生体骨組織の生成領域中に外仮骨を形成させるというのであれば、当然、引用例のモード1のパルス状電気信号も、生体骨組織を処置する際、その外仮骨を生成させることになるものと解するのが相当である。

しかも、引用例のモード2の示すパルス状電気信号は、本願発明のパルス状電気信号と全く異なる電気信号であり、このモード2のパルス状電気信号が本願発明のパルス状電気信号と同様に仮骨生成の促進を目的とするとの原告らの主張は全く合理的根拠を欠くものである。

〈3〉 したがって、本願発明のパルス状電気信号の正部分の持続時間1ないし3ミリ秒は、引用例に開示されたその持続時間の範囲内にあり、その持続時間を1ないし3ミリ秒とすることは当業者にとって容易に求め得る程度のことと認められとした審決の相違点1についての判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

前記のとおり、本願発明と引用例とは、振動する電磁界によって生体骨組織を処置するための装置において、同じ波形のパルス状電気信号にて、同じ生体骨組織を処置するものである以上、同じ作用効果をもたらすことは当然であり、換言すると、本願発明が、そのパルス状電気信号により生体骨組織の生成領域中に外仮骨が形成されるのであれば、引用例において、パルス状電気信号が生体骨組織の骨化作用をもたらすとの記載は、実際には外仮骨が形成されることになるものと解さざるを得ない。

したがって、審決における相違点2についての判断にも誤りはない。

(3)  取消事由3について

上記したことから明らかなとおり、本願発明の効果は、引用例の記載からして特有なものでなく、当業者にとって容易に予測できる程度のものにすぎない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)、(3)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告ら主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  前記1に説示の本願発明の要旨によれば、本願発明のパルス状電気信号の正部分の持続時間は「1乃至3ミリ秒」である。

これに対し、審決の理由の要点(4)のうち、引用例記載の発明では、正部分の持続時間を少なくとも約200マイクロ秒、すなわち、0.2ミリ秒以上としていることは、当事者間に争いがない。

そして、甲第7号証によれば、引用例明細書には、審決の上記引用箇所に続いて、「実用上の観点から、“正”パルス部はおよそ1ミリ秒より長く持続してはいけない。」(6頁左下欄6行ないし8行)と記載されていることが認められる。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明のパルス状電気信号の正部分の持続時間は、1ミリ秒の点で一致していると認められる。

〈2〉  次に、甲第8号証1ないし7(南山堂・医学大辞典283頁「仮骨」の項)によれば、「仮骨」とは、「骨折あるいは骨欠損部にこれを修復する機転が働くとき、局所に生ずる骨の前段階の組織を仮骨という。骨折部には出血が起こり骨折部を包み込むように血腫が形成され、この中に細胞浸潤、血管新生が起こり肉芽組織ぶ形成される。」、「線維性仮骨は次第に骨塩の沈着が起こり骨性仮骨となり、これに質的、量的に再造形・・・機転が働いて正常な骨へと変化する。軟骨性仮骨は内軟骨性骨化機転により骨が形成される。」、「仮骨はその形成される部位により、外仮骨、内仮骨、中間仮骨と呼ばれたり・・・する」と記載されていることが認められ、この記載によれば、骨折の治癒は、第1段階である仮骨生成段階と、第2段階であるカルシウム成分の沈殿による仮骨から真正の骨への移行過程とに分けられることが認められる。

前記1に説示の本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)に、「これによって上記生体骨組織の生成領域中に外仮骨を形成させることを特徴とする」と記載され、甲第2ないし第6号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項に、「この発明の目的は、特に骨折(遅延性癒合骨折および仮関節)を処理することに関して、従来周知の形式の装置によって得られた結果よりもより良好な結果、特に骨折の対向突合せ端部を結合するための外仮骨の形成を促進することのできる振動する電磁界によって生体骨組織を処置する方法を実施するに当たって使用される装置を提供することにある。」(甲第2号証5頁2行ないし9行、甲第6号証2頁15行ないし17行)と記載されていることが認められる。これらの記載によれば、本願発明は外仮骨を形成するための装置に係るものであり、前記の骨折治癒の二段階のうち、第1段階である仮骨生成段階に関するものであることが認められる。

これに対し、前記1に説示の事実(審決の理由の要点(2))によれば、引用例記載の発明は、「骨折部の治療のための骨の生成などの生体組織及び細胞の再生を行う電磁的治療装置」に係るものであるが、この点を更に詳細に検討すると、甲第7号証によれば、引用例には、「例えば、骨の成長や再生という特定のケースにおいては、一つの電気的符号(以下モード1という)を使って、Ca2+のようなイオンと細胞膜との相互作用を変えることができる。一方、もう一つの電気的符号(以下モード2という)を使用して、同じ細胞の蛋白合成能を変化させることができる。」(2頁左下欄15行ないし右下欄2行)、「例えば、胎児の肢節発育不全の研究を含む組織培養実験は、符号化信号モード1を使用すると、適当な化骨組織細胞からCa2+(50%以下)の放出が増加することを示している。・・・従って、このコードは成骨の一主要段階、すなわち、骨成長部位の鉱質化に影響を与える。同様に、符号化信号モード2を使用した組織培養研究によると、このコードは、同じような適応化骨組織からの蛋白質生成を高める原因となることがわかった。・・・このコードは、ミトコンドリアからのカルシウム摂取や放出ならびにコラーゲンの合成(これは骨の基本構造蛋白質である)の如きタイプの細胞に対するある種の代謝過程に影響を与える。」(2頁右下欄3行ないし末行)、「本発明の効果を示すため、まず、先天性及び後天性偽関節の症例に、硬組織成長及び修復用のモード1、モード2及びこれらの組合せによって電磁的誘導したパルス電圧と付随電流の直接誘導結合方式が適用された。・・・この研究を通して、パルス特異性の必要性がくり返し示された。例えば、第一の問題が化骨作用の欠如である場合(普通は先天性偽関節の症例がそうである)には、パルスパラメータが上記のパラメータに相当したときだけに生じる最終機能的癒合を伴なうモード1の処置が用いられた。一方、骨床の欠落が第一の問題であるときには、骨構造の第一支持タンパクであるコラーゲンを生成させるために、モード2の処置が用いられた。骨の形成において、タンパク生成と骨化作用は二つの完全に異なる過程を経るので、患者の治療歴に骨床形成も骨化作用もない場合には、モード1及びモード2に用いられる各信号が高度に選択的な性質のものであれば、これらを組合わせて相乗的に使用することができた。従って、モード1とモード2との組合せは、このようなタイプの症例に効果的に使用された。」(9頁右下欄2行ないし10頁左上欄9行)と記載され、第5a図及び第5b図(別紙図面2参照)には、それぞれモード1、モード2のパルス状電気信号が記載されている。これらの記載によれば、引用例におけるモード1の電気信号は、前記カルシウム成分の沈殿による仮骨から真正の骨への移行過程である第2段階を対象とするものであり、モード2の電気信号は、前記仮骨生成段階である第1段階を対象とするものであると認められる。

〈3〉  上記〈2〉で検討したとおり、仮骨生成段階である第1段階を対象とする本願発明のものと一致するパルス状電気信号の正部分の持続時間を有するとして審決が引用したモード1は、カルシウム成分の沈殿による仮骨から真正の骨への移行過程である第2段階を対象とするものであり、本願発明のように仮骨の形成を目的とするものではない。

したがって、引用例に持続時間を0.2ミリ秒~1ミリ秒とすることが記載されていること、及び、この記載に基づいてパルス状電気信号の正の部分の持続時間の最適条件を見いだすことは当業者が通常行うことであることを根拠とする相違点1についての審決の判断には誤りがあると認められる。

被告は、本願発明のパルス電気信号が外仮骨形成させるというのであれば、当然、引用例のモード1のパルス状電気信号も外仮骨を生成させることになるものと解するのが相当である等と主張するが、引用例には、モード1のパルス状電気信号が外仮骨を形成することを示す記載はないから、この点の被告の主張は採用できない。

(2)  取消事由2について

審決の理由の要点(5)のうち、引用例記載の発明に骨の生長を促すということ自体が、引用例記載の発明においても生体骨組織にパルス波を作用させた際、骨折接合部分外側に骨組織が生長することをも含むものと認められることは、当事者間に争いがない。

しかしながら、前記(1)に説示したところから明らかなように、引用例には、モード1の電気信号は前記カルシウム成分の沈殿による仮骨から真正の骨への移行過程である第2段階を対象とするものであり、モード2の電気信号は前記仮骨生成段階である第1段階を対象とするものであることが記載されており、引用例にはモード1の電気信号により仮骨が生成されることを示唆する記載はないから、「引用例記載の発明では骨の生長が促進されるとしているのに止まり、外仮骨が形成されるか否かについては言及されていない」、「この生長した骨組織が外仮骨であることを認識することは当業者にとって容易なことである」との判断は誤りであると認められる。

(3)  そして、以上の点の審決の判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

3  よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例